そのままで
上手に演奏しようとする必要は、無い
音楽が、貴方を奏でるから。
という言葉を読んで
私の意識の中に
まるで尾瀬ヶ原にいるような
気持ちの良い風が吹きぬけた。
そうだ、確かにそうなんだよ。
そのことに、ちょっと前から気付き始めて
私は、歌う時に「心をこめる」みたいな
熱さを持つのをやめるようになった。
うーん、わかりやすく言えば
ビブラートとかしゃくりとかこぶしとか
そういうのを極力入れないようにして
発声を気をつけたりとか
そういうのもやめて
ピッチだけ気を使って
無表情で、淡々と歌うようにしてるってこと。
そうすると、
録音を聞きなおした時に
凄く心地よい。
なんかなぁ、勘違いして頑張ってたんだな、私
…って気付いた。
今まで、なんか違和感あったの、それだったんだなって。
誰かに伝えようとすること
誰かにわかってもらおうとすること
認めてもらおうと形をこしらえること
うーん、なんていうかなぁ
「自分」という形を現そうとすること?
一生懸命?必死に?
「私ですっ!」みたいな自己主張ね
そういう、外向きなアウトプット
これがねぇ、ぜーんぶ、気持ち悪い。
他人がそういう空気を醸し出していると感じたときに
ものすごい違和感に襲われてたけど
それって、つまり私が同じような空気を醸し出しているってことに
ちゃんと気付いていて、それが
気持ち悪いだけなんだよ。
あれ?わかりにくいな。
ま、要するに
誰かを見て「うへ~」って感じるならば
感じているアンタ本人が「うへ~」だからですよ。ハイ100%。
って言えばわかりやすいか。
ま、認めたくない、、と感じるうちはどうにもならんけどね。
文章を書くのも同じでねぇ
伝わるように書く、、という気遣いを
ほぼ自動的にしてるんだけど、
それは本当は要らないのね。
気付いてはいるので、やめつつあります。
心をこめない。
自分の中から自然に出てくるものを
そのままの形で
淡々とアウトプットする
なるだけ飾りをつけないように
自分のままでいること
そうすると、ゼロポイントからのチカラで
最適な形で「私という楽器」や「私という鉛筆(パソコンか)」が
自動制御で用いられる、という具合だ。
言ってみれば自動書記とかそういう感じかね~
「降りてくる」っていうやつだね。
私は昔からその辺がわかりやすかったし
途中からはきちんとキャッチして具現化してきたから
なじみやすいんだけど
それは、誰でもおんなじことなんだ
みんな、認められようと頑張りすぎだしね
自己卑下が凄すぎて
チカラを持とうという意識が強くなっちゃうね。
(ここはかつての私もそうでした)
楽しそうだな、と思うことを身につけたい時、、
やっぱりね、楽しいかどうかってことが大事だよな、って
最近改めて感じてる。
純粋に自分が楽しいかどうか
これ超楽しい暇つぶし、と思えるかどうか
この、人生っていうヒマをどうつぶすかってことでしょ
楽しい方が私はいいな、って思う。
でも、苦しみながらヒマをつぶすのもね、
それ自由だナァって思える。
暇のつぶし方、って考えればねぇ
それ、その人個人の好みだなぁって思えるよね
面白い。
ガンガン悩んで、恨んで
なんだか物事を難しくして悶絶しながら
暇をつぶす…。
あぁ、それ、その人の趣味、、って感じ?
「へぇ~」で終わっちゃうね^^
なるほどなるほど。
凄いね。
節分越えて、立春迎えて
降ってきたアイディアは「人生暇つぶし」。
すごい、凄すぎる。
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